コロナ禍に第二子を出産しました

コロナ禍で第二子の出産

無事に第二子を出産しました。
コロナ禍でなかなか皆さんとお会いできない状況なので
ご報告をさせていただきます!

出産予定日を過ぎ無痛分娩で第二子を出産

出産予定日が過ぎ、いつ陣痛が来るか破水するかと
ドキドキしながらも、いつもとあまり変わらない日々を過ごしていました。

息子さんにとって、ママを独り占めできる最後の週末には
彼のリクエストにより浜松町にある浜離宮恩賜庭園に行き
綺麗に色づいた紅葉を見たり、お抹茶と和菓子をいただいたりと
のんびりとしてきました。
広々していて混んでいないのでオススメです!

浜離宮恩賜庭園
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html

この日までに陣痛が来なかったら促進剤を打って出産すると
決まっていた前日の夜、
これは前駆陣痛か、それとも陣痛か・・・

朝になればどちらにしても入院することが決まっているので
朝までは痛みに耐えてみよう、と頑張ってみたものの
とてもじゃないけど横になれないし、
だからといって座っていても痛すぎて声も出ない状態
時間を図ると5分刻みに痛みが来てる、ってことは陣痛では??

と、夜中2時に病院に電話
電話している最中にも痛すぎて話せない状況で
助産師さんから「すぐに来てください」と言っていただき一安心

夜中だったので愛育病院まではタクシーで3分
病院に着いたときには2分間隔で陣痛が来ており
よく耐えてましたね、と驚かれました。

というのも、前回の出産のときには
無痛分娩の麻酔を入れたあと陣痛が遠のいてしまい
促進剤を入れるもそれでもお産が進まず
麻酔を一旦切り、
それまで無痛だったところからいきなり促進剤で痛みmaxになり
約丸2日かけてやっと出産に至った経緯があり

今回は、できるだけ痛みに耐えてお産が確実に進んでから
無痛分娩の麻酔を入れてもらいたかったんです。

そのかいあって、麻酔を入れたあと多少陣痛の間隔が空いたものの
主治医の先生が朝LDRに来てくださったあとは
驚くくらいすぐに産まれて来てくれました。

無痛分娩すごい!
陣痛に耐えていたころの痛みが10だとしたら
産むときはたった1くらいの痛みとも言えないほどのものでした。

産まれて来てくれてありがとう

産まれてすぐに大きな声で泣いてくれて安心
一生懸命産まれてきてくれたことが嬉しくて感動の涙がこぼれました。

それからの入院生活は、
驚くほど授乳の方法や沐浴の仕方を忘れており
助産師さんたちに教えていただきながら
あ〜こんな感じだったな、と思い出しながら
なんて小さくて
ふにゃふにゃで
壊れてしまいそうで
でも泣くときは力強くて
そんな愛おしい存在が腕の中にいることの幸せを噛み締めていました。

とはいえ、出産したその日にも、
いろいろなご相談を受けたり、役所に電話したり
修士論文の新しい分析をしてみたり
病院内でPCカタカタして仕事の電話をしていました。

すぐに泣いちゃうし、
夜は寝てくれないし、
大変だなと思うこともあるけど、
新生児のこの時期はあっという間に終わってしまうことや
赤ちゃんのいい匂いがすること、
軽くて小っちゃいのはいまだけ、
だからいくらでも頑張れる。

ずっと新生児でいてほしいと思うくらいかわいいし
腕の筋肉が頑張れるならずっと抱っこしていたい。

息子さんとの再会

コロナ禍の妊娠・出産は
妊婦健診のときに付き添いの人が1人だけOKの時期もあれば
付き添いNGの時期があったり
出産後の面会も、配偶者のみ1日15だけ可能という厳しいルールでした。

1人目のときには、多くの方がお見舞いに来てくださり
あっという間に毎日が過ぎていましたが
今回はお見舞いに来ていただくことができなかったので
ある意味ではゆっくりと過ごすことができましたが
なんとも寂しさもありました。

もちろん入院中は息子さんとも会えず、
テレビ電話はママが恋しくなってしまうとかわいそうだと思い
しませんでした。
ありがたいことに、周りの皆さんが息子さんを気遣い
声を掛けてくださったりしていたこともありなんとか元気に過ごしていたみたい。

ついに退院の日。
1階で待つ息子さんを抱きしめ
予想外にも私が涙が止まらず、息子さんから
「ママ、目からお水出てるよ」と。

ずっと寂しくても我慢してくれていた息子さんのリクエストに
できるだけ答えるため意識して一緒に過ごすようにしています。

たまに、「ベビー抱っこしないで!」とヤキモチ焼いてるけど
泣くとあやしてくれたり、抱っこしようとしてくれたり
母は優しいお兄ちゃんになってくれていて嬉しい限りです。

この子のためにできること

産まれてきてくれたばかりの命を目の前にして
私たち大人は子どもたちに対して
この国に生まれて良かったと思えるような
社会を作って行かなくてはいけないと強く思います。

人生100年時代
この子が100歳になる100年後
私はもうこの世にはいない可能性が高いけど
今よりも住みやすい社会になっていることが
親としてこの子にしてあげられる最大のプレゼント
そのために母は頑張るからね!

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